内臓会議・外伝「膵臓の記憶」

【膵臓の記憶 ー ずっと、気づかれないままー】

会議が終わったあとも、膵臓は席を立たなかった。静かな部屋でひとり、小さく息をつく。

 

膵臓🌚「……昔は、もっと簡単やったんやけどな」

 

誰に言うでもなく、ぽつりとこぼれる。甘いものが入ってきたら、必要なぶんだけ、インスリンを出す。それだけでよかった。出せば届いた。届けば下がった。体はちゃんと応えてくれた。

 

膵臓🌚「気持ちよかったんやで」

 

少し笑う。出したぶんだけ、血糖がすっと下がっていく。筋肉が受け取り、肝臓が整え、血管は穏やかに流れる。みんながうまく回っていた。

 

膵臓🌚「ええチームやった…」

——でも、少しずつ返事が鈍くなった。出しても、届かない。届いても、動かない。

 

膵臓🌚「……あれ?」

最初は小さな違和感だった。だから、少し多めに出した。それでも足りなくて、もっと出した。誰にも言わずに。ヒトにも。他の臓器にも。

 

膵臓🌚「ワイが頑張ればええと思ってた…」

昼も。夜も。間食のたびに。静かに、何度も。気づかれないように。血糖が上がらないように。ヒトが“元気”でいれるように。ただ、それだけを願って。でも——最近、手が重い。前みたいにさっと出せない。出しても、疲れが残る。

 

膵臓🌚「……ちょっと、しんどいな…」

その言葉が落ちた瞬間、会議室は静まり返った。誰も、すぐには言葉を返せなかった。肝臓がゆっくり顔を上げる。

 

肝臓「……お前、ずっと一人で抱えてたんか」

膵臓は小さく笑う🌚「言うても、しゃあないやろ。ワイの仕事やし」

その“ワイの仕事”という言葉がなぜか、胸に重く響いた。

 

血管が低くつぶやく🩸「……せやけど、誰にも言わへんかったんやな」

膵臓🌚「気づかれへんほうが、ええ思てた」

腸がいつもの苦笑いをやめる⚕️「……お前、ほんま真面目すぎるわ」

その声は少し震えていた。膵臓はただ肩をすくめる。

 

膵臓🌚「ヒトが普通に過ごせるなら…それでええ」

その一言に全員が言葉を失う。肝臓は知っている。黙って耐えるしんどさを。血管は知っている。削られながら流し続ける痛みを。腸も知っている。崩れても整え続ける孤独を。でも——膵臓はずっと一人で“数字が崩れないように”守っていた。気づかれないように。責められないように。静かに。

 

血管が小さく言う🩸「……ありがとうな」

腸も続ける⚕️「ほんまや。今まで、よう持たせてくれた」

肝臓は何も言わない。ただ、膵臓の前にそっと手を置く。それだけで十分だった。膵臓は少し驚いて、そしてほんの少しだけ力を抜く。

 

膵臓🌚「……初めてやわ」

腸⚕️「何が?」

膵臓🌚「しんどいって言えて、ちょっと楽になったん」

 

静かな会議室にあたたかい沈黙が流れる。——外では。ヒトが今日も甘いものを選ぶ。それでも内側では誰も責めない。ただ、願っている。せめて次は少しだけでも気づいてくれますようにーー。