ワタシの涙(第5章)

ワタシは燃えた🔥

硬くなった体の奥で炎症が一気に広がり、いくつもの細胞が崩れ落ちた。壊れた細胞はもう戻らない。そこにはかつて解毒や代謝をしていた小さな工場の灯りがあった。

 

今は静かに消えている。残った細胞たちは空いた場所を埋めるように必死に働きはじめる。一部は少し大きくなり失われた分の仕事を引き受ける。休むことも文句を言うこともできない。

 

ワタシはただ黙って働くしかない。壊れた場所には修理の印としてコラーゲンの繊維が積み重なる。それは柔らかな組織ではなく固い“傷跡”。柔らかかったワタシの体は少しずつ知らない形に変わっていく。

 

ようやくヒトは立ち止まった。白いパンが減り、夜更けの袋菓子は棚に戻り、水のグラスが増えた。歩く時間も少しだけ長くなった。ワタシの中の流れはゆっくりと落ち着きはじめる。炎症の火は弱まり、濁っていた血は静かに澄んでいく。残った細胞たちはようやく少しだけ息をつく。

 

その穏やかな時間の中でワタシはふと立ち止まる。もし、この静かな食卓がもっと早く訪れていたら…もし、あの白いパンや夜更けの袋菓子が少なかったら…消えてしまった細胞たちもまだここで一緒に働いていたのだろうか…誰にも気づかれず、誰にも感謝されず、ただ黙って働いてきたワタシの中で、その無念な思いが静かにワタシの心を揺さぶる…もし涙というものがあるなら…きっと今、ワタシの中で流れているのか…

 

ヒトはほっとする。「もう大丈夫だろう」と思う。そして時が過ぎ、忙しい日、遅い夕食、甘い飲み物、一度だけのつもりの夜更けのスナックが再び…

 

ワタシは覚えている、あの燃えるような夜を。けれどヒトはあの苦しさを少しずつ忘れていく。脂肪はまた戻り、炎症はまた小さく灯る。そのたびにワタシはまた黙って働く。壊れた場所を抱えたまま。消えてしまった細胞たちの分まで。ワタシは今日もヒトの体を守ろうとしている…

 

そして、この静かな繰り返しの先にもうひとつの変化がゆっくりと芽を出しはじめている。それは痛みもなく、音もなく、とても静かだ。多くのヒトはそれに気づかない。ワタシだけが知っている。この長い物語にはまだ次の章が残っていることを…(つづく)