【ただの疲れのはずだった】
朝、少しだるい。それくらいの感覚でコーヒーを飲む。「昨日ちょっと遅かったしな」
昼は手軽に済ませる。やわらかくて、甘くて、すぐ食べられるもの。「忙しいし、仕方ないか」
夕方、少し足が重い。「座りっぱなしやったからかな」夜、「今日くらい、いいか」その一言で一日はきれいに締めくくられる。
ヒトの中にはちゃんと守る力がある。乱れた血糖は下げられ、増えた脂は処理され、崩れかけた流れは元に戻そうとする。ホメオスタシス:体の状態を一定に保とうとする仕組み。少しの乱れなら何事もなかったように整えてしまう。
——ふと、ヒトは思う。「前はこんなんすぐ戻ってたのに…」朝のだるさは前より長く残る。疲れもどこか抜けきらない。
——内側では、腸「今日も荒れ気味やな」血管「流れ、ちょっと重たいで」肝臓「……また来たか」
ヒトは気づかない。“戻っている”ように見えるから。でも実際は——戻ってはいるが、戻りきってはいない。年齢とともに修復の速さは少しずつゆるやかになる。そして見えない差もある。守られている時期がある体(女性)。最初から負担を受けやすい体(男性)。その違いは静かに影響する。ある時期を過ぎるとそれまで守っていた力が弱まり、別の体ではずっと早くから負担が積み重なっている。それでも決め手になるのは毎日の積み重ね。繰り返される負担が“元に戻る力”そのものを少しずつ削っていく。
血管の壁は修復され、肝臓は余分を処理し、腸はバランスを取り戻そうとする。けれど——その力にも限りがある。完全には戻りきらない部分が残りはじめる。ほんのわずかに。でも確実に。ヒトは今日も言う。
「ただの疲れやろ」
内側では「戻せてるうちに、気づいてほしい」小さなサインに気づいて欲しい。全員がそう思っている。ホメオスタシスは守ってくれるが——永遠に守りきれるわけではない…

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